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便利過ぎて認知症リスク?(その2)

私は「Googleマップ」へのAI実装による過剰な便利さを前回指摘した。

しかし、もっと繊細な人はそれ以前に便利さの進化に不気味さを感じていたのだろう。

これは自分の大切な境界線を何処に置くかで変わる。

私は若い頃から記憶力の補完にパソコンや携帯電話を使う事に積極的だったので貪欲に利用していた。

それは自分の能力の延長線にあり補完するモノという位置付けだった。

しかし、昨今の生成AIは明らかにそのレベルを超える。

自分の能力の延長線を超える知能を得て何かを作り出している感覚がある。

それが不気味さの原因だ。

このまま進化に任せて良いものか?