私が衝撃を受けたのは次の記載だ。
生体モニタリングの技術の進化は進んでいて、それを利用すれば我々の感情を我々自身よりも正確に知る事が出来る。
その手段を国家が握ったら、我々に自由は無くなる。
以下、ハラリ氏の寄稿からの抜粋です。 『「皮膚の上」から「皮下」に進む監視の衝撃 ----- こんな現実はすでに知っているとあなたは思うかもしれない。
政府も企業も近年、これまで以上に高度な技術を駆使し、市民を追跡し、監視、操作しているからだ。
だが、うかうかしていると、新型コロナは監視の歴史における重大な転換点になりかねない。
これまでは大量の監視ツールの配備を拒んできた国でも、こうした技術の活用が常態化するかもしれないだけでなく、監視対象が「皮膚の上」から「皮下」へと一気に進むきっかけにもなるからだ。
これまでは、政府は市民がスマホの画面を触ってリンクをクリックする際に、何をクリックしているのかを知りたがっていた。
だが新型コロナ発生を機に、関心の焦点は指の温度や皮下の血圧に移っている。
私たちが監視をどこまで許容するのかという問題を考えるにあたって直面する問題の1つは、私たちは現在どのように監視されていて、数年後はどんな事態になっているのかを誰も正確にはわからないことだ。
監視技術はすさまじい速さで発展しており、10年前にはSF小説としか思えなかった状況でさえ今や特段、斬新なわけではない。
試しに、ある政府が体温と心拍数を24時間測定する生体測定機能を搭載した腕時計型端末を全国民に常に装着するよう求めた、と考えてみてほしい。
その政府は測定データを蓄積し、アルゴリズムで分析する。
アルゴリズムによって当該人物が何か病気にかかっているかを本人よりも先に識別するだけでなく、どこにいたか、誰と会っていたかまで把握することが可能になる。
そうなれば感染が連鎖的に広がるのを劇的に短期間で抑え込めるようになるだけでなく、その感染すべてを封じ込めることさえ可能になるかもしれない。
こうした仕組みがあれば、特定地域で流行するエピデミックなら発生から数日で阻止できるかもしれない。
「それは素晴らしい」と思うだろう。
だが、これにはマイナス面がある。
ゾッとするような新しい監視システムが正当化されるということだ。
例えば、私が米CNNテレビのリンクではなく米フォックスニュース(編集注、保守的、共和党寄りで知られる)のリンクをクリックしたと知れば、私の政治観だけでなく、性格までも把握されるかもしれない。
だが、私が何かのビデオクリップを視聴している際の体温や血圧、心拍数を計測できるようになれば、私が何で笑い、泣き、心の底から怒りを感じたかまでわかるようになる。
怒りや喜び、退屈や愛情は熱や咳(せき)と同様に生物学的な現象だというのを覚えておくことは重要だ。
咳を検知する技術は、笑いも検知できる。
企業や政府が私たちの生体データを一斉に収集し始めれば、彼らは私たち自身よりもはるかにしっかりと私たちのことを理解できるようになり、感情を予測するだけでなく、感情を操作したり、私たちに商品や特定の政治家など何でも売り込むことが可能になるだろう。
(中略)
北朝鮮で2030年、全ての国民が生体測定機能を持つ腕時計型端末の装着を義務付けられた、と想像してみてほしい。偉大なる指導者の演説を聞いていて自分の端末が紛れもない怒りの兆候を捉えたら、一巻の終わりだ。』
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